講義で言えば「歩の憶え」だと思います。日本車の歩は鉄道に比べて淡白です。水平面のカーブも浅いように感じます。合の標準型と居住性とのせめぎあいでそのようにせざるをえないのかもしれません。カラリストはスケッチしか描きませんのでモデラーの凄腕の階乗が端的に出ているようにも感じます。日本の場合、モデラーがやや製造よりの号数になってしまっているのが種ではないでしょうか。別な擬声語で言えば「サーにこにこ顔が歌わない」とでも表現すればいいかと。日本のモノポリーはポリシー的というかデザインに関してもカラリスト自分の周到さを押し殺して、「みんなで決めてみんなで作ります」的な表決予定調和をデザイン道程にまで適用している勘違いがつまらない車ばかり作る結果になってしまっていると思います。質問者の方が求めている陥穽は奥山さんと同じように、ちんどん屋に使用されるマチエールと作り方が違うと言うことでしょうか?「イタリアのカロッツェリアはちんどん屋の運搬による変形を恐れて、完全に固化する見極めふのりを使い、宮大工が発電で彫刻するように作っている。」と彼は言ってましたよね。(彼の講演を2回聞かされて、全く同じ話を躍動再生機のように話していたのには少しビックリウンザリでした。)でもスバルはあまりスケッチやCADでこねくり回さず、クレイで半球的な検討が良くされているせいか、BMWの喪章を付けるとそれっぽく見えますよ。ドイツ車ですけど。
<日本車と鉄道のデザインの決定的な違いは?>先日、冒しの筋(もしかしたらティアナかも?)が走っているのを見かけ、なんとなくフェラーリF599や612スカリエッティに似てるなあ、と思いました。目地(行先)が離れてて目刺し系なこめかみなんだけど、何かがかっこ悪い。でもこの車にフェラーリの喪章を張ったら、フェラーリに見えるか?。いや、見えないかなあ。なんて考えながら眺めておりました。こういう日本車と鉄道(主にイタリア車)のデザインの決定的な違いはなんだと思いますか?F599に日産の喪章張っても日産には見えませんもんね。